フランス・パリ 貴婦人と一角獣と兎

貴婦人と一角獣と神兎(フランス・パリ)


さて、ぴゅーんと飛んでまいりました。橋から望むこの美しい日の出。ここはフランス、そしてパリ。ヨーロッパの都です。

パリの夜明け オー・シャンジュ橋から

今回は自由時間が朝方だけに限られておりまして、日の出とともに神兎探訪を開始いたします。

パリの朝 セーヌ川とシテ島へかかるヌフ橋

橋の反対側を見ると、ゆったりと流れるセーヌ川。左手の岸は、パリ発祥の地と呼ばれるシテ島です。かかっているのは、パリの一番古い橋であるポン・ヌフ橋。遠くに小さくエッフェル塔が見えています。

ノートルダム寺院

シテ島の中には、かの有名なノートルダム大聖堂があります。ローマ・カトリック協会の聖堂で、「ノートルダム(Notre Dame)」とは「私達の貴婦人」という意味で聖母マリアを表しています。1163年に建築開始され100年以上増築が繰り返されて現在の形になった、ゴシック建築を代表する美しい建物です。
まさか、この大聖堂が数カ月後に火災にあってしまうとは・・。その映像はパリの人間でなくてもショックでした。心よりお見舞い申し上げます。

さて、ノートルダム大聖堂はパリ1区ですが、その南のパリ5区へ向かいます。パリ5区は「カルチェ・ラタン(ラテン語地区)」と呼ばれる大学などが集まる地域。こちらにあるのが、

クリュニー中世美術館

こちら「クリュニー美術館(Musée de Cluny)」です。国立中世美術館とも。
この部分は新しい建築ですが、

クリュニー中世美術館

後ろ側は、中世の礼拝堂が付属したゴシック建築になっています。

クリュニー中世美術館 浴場遺跡

さらに脇にはローマの浴場の遺跡。1世紀~3世紀のもので、セーヌ川から水を引き入れて沸かしていたといいます。この浴場跡に、15世紀にブルゴーニュのクリュニー修道会がパリの拠点として修道院長の別宅を建て、後に中世の美術品を集めた美術館となりました。

クリュニー中世美術館 入り口

新しい入り口から入場します。美術館は結構あちこちが撮影可能(フラッシュはNG)。ありがたい。

クリュニー中世美術館 通路クリュニー中世美術館 展示室

新しい展示室と古い建物での展示が内部でつながっています。一部改装中で残念なことが・・・これは後ほど。

クリュニー中世美術館

ヨーロッパの中世以前の展示がされています。こちらは建物の外壁などに作られた聖人像。

クリュニー中世美術館 クリュニー中世美術館

柱への精緻な彫刻。ヨーロッパの石への細工は、やはりすごい。

さて、展示室を移動し新しい建物内へ。今回のお目当ての一つの展示に向かいます。

貴婦人と一角獣 展示室

やや薄暗い展示室の中にかかる、6枚の鮮やかなタペストリー。

貴婦人と一角獣 展示室 貴婦人と一角獣 展示室

幅と高さは4mほどあり、前に立つと視界いっぱいに世界が広がります。

貴婦人と一角獣

この一連のタペストリーが、今回の目的の一つ「貴婦人と一角獣(La Dame à la licorne)」。15世紀末にフランドルで織られたと言われています。フランドルはフランス北部からベルギーにかけての地方で、多くのタペストリーがこの地で作られました。ちなみに英語読みだとおなじみ「フランダース」です。
6枚のタペストリーには、若い貴婦人と一角獣(ユニコーン)と獅子が描かれ、その周囲を多くの植物や動物達が埋め尽くします。
テーマはよく分かってはおらず、現在では6つの感覚を表すとされています。「触覚」「味覚」「嗅覚」「聴覚」「視覚」そして「我が唯一つの望み」。「我が唯一つの望み」は更に謎が深いのですが、「愛」や「理解」と解釈されることが多いようです。

この各タペストリーに描かれる動物達の中、小さいながらも存在感を放っているのが、

貴婦人と一角獣 兎

あちらこちらで跳ねているうさぎ達。

貴婦人と一角獣 兎いろいろ

跳ねまくっております。つぶらな瞳が何かを訴えかけてくるようです。

これらの組み合わせ、なにか意味があるものなのか、もう少し感覚でみても良いのか。何らかの「寓話」であるという説もあります。

ここは、一枚ずつ見てまいりましょう。この6枚のタペストリーは順番もよく分かっていません。とりあえず美術館の展示順で参りたいと思います。

触覚 (Le toucher)

貴婦人と一角獣『触覚』

全6枚に共通するのは、中央の貴婦人と左右に控える一角獣と獅子。侍女が描かれていることもありますが、男性は出てきません。
青地に月の紋章は、シャルル7世の宮廷の有力者ジャン・ル・ヴィストのもので、発注者と言われています。
このシーンでは、貴婦人は自分で旗を掲げており、片手は一角獣の角に触れています。一角獣と獅子は盾をまとって、貴婦人に従っています。猿と犬は首輪をされていておとなしくしていますが、兎と鳥だけがのびのびしているように見えます。

貴婦人と一角獣『触覚』 貴婦人と一角獣『触覚』

特に獅子の足元にいる兎が、かなり自由。空気的にいえば、みんな貴婦人に従って記念撮影しようぜ的な感じなのですが、話を聞いていない人だけ動いちゃった、というような気もします。兎は全部で2羽です。

味覚 (Le goût)

貴婦人と一角獣『味覚』

このタペストリーでは、貴婦人が侍女の捧げる皿からお菓子的なものを取っています。反対側の手ではオウムを呼び寄せている。マントをまとった獅子と一角獣は、立ち上がって旗を掲げています。猿はくつろいで菓子を食べ、犬も大人しく座っている。兎もかなり多く、あちらこちらで比較的くつろいでいるように見えます。

貴婦人と一角獣『味覚』 貴婦人と一角獣『味覚』

青い地面の領域に4羽。

貴婦人と一角獣『味覚』 貴婦人と一角獣『味覚』

赤い背景のうち、向かって左の木の下に2羽。下部に3羽。ちなみにこの下部の色が変わっているのは、タペストリーが発見されたときに傷んでいたため修復を行った部分のようです。発見時の染料の方が、作成時の染料より弱く、色あせてしまったとのこと。

貴婦人と一角獣『味覚』

赤背景の奥に、二股の尾を持つ白い獣(顔は猫科っぽいですが、狐っぽくも、鹿っぽくもある)と向かい合って、特に恐れることもなく、顔を洗っている兎が1羽います。獣の方も優しく見つめているように見えます。
全部で10羽ですかね。

嗅覚 (L’odorat)

貴婦人と一角獣『嗅覚』

このシーンでは、貴婦人が花輪を作っています。侍女は多分花輪のための花を持ってきている。後ろ側では猿がカゴに入った花の香りを嗅いでいます。盾をまとった一角獣と獅子は跪いて旗を掲げている。兎も犬も鳥も、立ち止まって穏やかですね。

貴婦人と一角獣『嗅覚』貴婦人と一角獣『嗅覚』

青い地面に1羽。赤い背景に3羽。

貴婦人と一角獣『嗅覚』

貴婦人の一番近くにもいますね。匂いを嗅いでいるふうでもないような・・・。旗の向こうにいるもう1羽に気を取られていたりするのかもしれません。
こちらは合計4羽いるようです。

聴覚 (L’ouïe)

貴婦人と一角獣『聴覚』

ここには小型のパイプオルガンが登場しています。貴婦人が曲を奏で、侍女はフイゴを動かして風を送っています。一角獣と獅子は座りながら旗を持っています。体は反対を向きつつも視線は貴婦人の方に。この場面だけ旗が、四角と吹き流し型が逆になっていますね。そういえば実がなっている4本の木(「視覚」だけ2本)の位置もあまり法則性無く違っているのです。何か意味があるのでしょうか。

貴婦人と一角獣『聴覚』

赤い背景に3羽。こちらは貴婦人の曲を聴いているようにみえます。

貴婦人と一角獣『聴覚』 貴婦人と一角獣『聴覚』

青い地面にも3羽。右手の兎は、犬と狐に囲まれて、少々ピンチに見えますが、楽曲のおかげか襲われるという感じではないようです。
合計6羽ですね。

視覚 (La vue)

貴婦人と一角獣『視覚』

このタペストリーでは、貴婦人は腰掛け、右手に手鏡を持っています。一角獣が貴婦人の膝に手を載せ、手鏡の映る自分の姿をみています。獅子は隣で旗を掲げています。
このシーンだけ、木が2本で、一番素朴。もしもこれらが物語であるとすれば、1話目という雰囲気が出ていますがどうでしょうか。

貴婦人と一角獣『視覚』 貴婦人と一角獣『視覚』

青い地面の方には4羽。動きもアクティブですね。

貴婦人と一角獣『視覚』

犬と一緒に花の香をかいでいるようにみえます。こちらは仲良し感。上に目を移すと・・・

貴婦人と一角獣『視覚』 貴婦人と一角獣『視覚』

こちらの2羽は、ちょっと追っかけられてしまっているような。右側の狐に追われているような兎は、まさに脱兎っぽい感じですね。

貴婦人と一角獣『視覚』 貴婦人と一角獣『視覚』

下部にも3羽いましたので、合計で11羽で、全6枚中一番多いようです。一番素朴な絵に一番多い兎ということになります。兎の存在がさらに牧歌的雰囲気を上げているような気もします。

我が唯一つの望みに (À mon seul désir)

貴婦人と一角獣『我が唯一つの望み』

そして最後です。一番大きいタペストリーであるこちらは「我が唯一つの望みに」と呼ばれています。これが一番最後かどうかという説もあるようですが、大きさといい総登場した動植物といい、”大団円”のように見え、最後にふさわしいように思えます。

青い天幕の前で、貴婦人はこれまでつけていた首飾りを外して、侍女が持つ箱に収めています(逆に首飾りをつけているという説も)。一角獣と獅子は跪いて旗を持ち、片手で天幕を開いています。これまでいない動物として、長毛の子犬が出てきています。全体として、非常に祝福している感じが強いように思いました。

貴婦人と一角獣『我が唯一つの望み』

天幕には「我が唯一つの望みに (À mon seul désir)」と書き込まれてます。そのすぐわきで見つめる兎が1羽。この言葉の解釈は定まっていません。「愛」そのものを示すとか、「理性」を示すとか。この見つめる兎はその意味を知っていたりするのでしょうか。

貴婦人と一角獣『我が唯一つの望み』 貴婦人と一角獣『我が唯一つの望み』

ちなみにこの2羽は、他と異なり大きさが違うように見えます。親子だったりするのでしょうか。
青い地面にこの親子が2羽。赤い背景に5羽で、合計7羽がいました。

考察

・・・実は、謎解きしてやろうという気持ち満載で、この展示室に向かったのでした。『ダ・ヴィンチコード』がここから始まるに違いない、と。ただ、分析していくと本当に難解で、法則性もありそうで無い。ただ展示室でタペストリーの前にたつと、ひたすら美しい優しい雰囲気だけが伝わってきました。ひょっとしたら、それで正解なのかもしれません。

モチーフ的に言えば「視覚」から「一角獣狩り」の物語を思い出させます。一角獣の角はあらゆる病気を治す薬となると言われますが、捕らえるのが非常に難しい。一つの有名な方法が、処女を森に送り込んで、誘い出された一角獣が処女の膝の上で眠るのを待ち、狩人が捕らえるというもの。処女を好むことから、ユニコーンは貞潔を表わすものとされ、さらにはキリストが聖処女マリアの胎内に宿ったことや、角を一本だけ有するユニコーンと「神のひとり子」 (unigentitus) とのアナロジーから、キリストにも例えられました。

ただこれだと獅子の存在が忘れられているような気がします。
そもそも何故このタペストリー連作の名前は「貴婦人と一角獣と獅子」でないのでしょう?(神兎研的には「貴婦人と一角獣と獅子と兎」にして頂きたいですが、そこは譲ります)
一応、「視覚」において一角獣と貴婦人は触れ合い、「触覚」においても角を触ってもらっている一角獣。この2枚では獅子は目を背けています。ので、多少のアドバンテージは一角獣にはあるのですが、そこまで2頭の神獣に差は無いように見えます。

イングランド紋章ちなみに「獅子」と「一角獣」と聞いて思い出すものがあります。それが現在も使用されているイギリスの国章。現在のイギリスの正式名称は「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」ですが、この内の「グレートブリテン連合王国」は、イングランド王国とスコットランド王国の合併連合でした(1707年)。そして「イングランド」を表しているのが獅子、「スコットランド」を表しているのが一角獣です。実はその100年前の1603年に、エリザベスI世が死去した後、後継指名されたスコットランド王ジェームスVI世が、イングランド王ジェームスI世として即位します。この時より「獅子」と「一角獣」の紋章が使われ始めました。右側はイングランド王国の国章(1603年~1649年 wikipediaより)

で!!!
このタペストリーが織られたのが15世紀末(つまり1400年代末)!!!!・・・うん、合わないね(笑) ちなみにWikiによれば、イングランド王国は15世紀もずっと獅子の紋章を使い続けていましたが、スコットランド王国が一角獣を使い始めるのが1558年・・・惜しい(笑)実は獅子と一角獣の紋章は、あのロスチャイルド家も使っており、ここから一気にダヴィンチコードできないかな?と思ったのですが・・・。

フランス国章(ブルボン家)ちなみに、右がフランス王家(ブルボン家)の紋章で「フルール・ド・リス(fleur-de-lis)」と呼ばれるアヤメの意匠化したものが入っています。お!「天幕」が入っていますよ!お客さん!・・・と、一瞬思いましたが、高貴さを表すメタファーなのでしょうかね。
ヨーロッパの紋章は面白いですね。神社にも神紋がありますが、その神性を知るために必要な情報が入っていたりします。

「貴婦人と一角獣」の中にも、忘れられてしまったそのような意味が入っているのかもしれませんし、もう少し紋章について学びたくなってまいりました。

最後に、私の「貴婦人と一角獣」の個人的解釈です。実際に絵を見て感じた「優しい」雰囲気。これはよく言われているような、成人した男性が女性に向かって贈るように激しいものではないと感じています。むしろ親から娘に向けた優しさ。
その親が、娘の将来の幸せを思い描いたものではないでしょうか。一角獣は伴侶、獅子は親自身(あるいは嫁ぎ先の家)。兎はひょっとしたら多産のシンボルかもしれません。
「触覚」では一角獣の角を握り凛々しく戦う娘(ちょうどジャンヌ・ダルクの時代でした)、「味覚」「嗅覚」「聴覚」は、食・産業・芸術で周りを豊かにする娘、「味覚」は伴侶との愛に生きる娘、そして最後の「我が唯一つの望みに」は、母親になって家を繋いでいくという娘。

もちろん中世において男女の身分の違いは大きいものでしたが、娘の可能性を信じた親の気持ちが込められている・・・「幸せに、おなりなさい」・・・と、読み解きました。

人によっていろいろ読み方はありそうですね。実物を見れて本当に良かったと思います。

で・・もう一つの目標の神兎

実は今回の目的がもう一つあったのです。
ヨーロッパの教会に点在する西洋の「神兎」です。

クリュニー美術館

先にも述べましたが、美術館の一部は中世の礼拝堂になっています。もともとはクリュニー修道会の修道院長の別宅として建てられ、15世紀後半にはほぼ現在の形になったとのことです。こちらの中を是非拝見したかったのですが・・・修復工事中!(涙)残念ながら2020年まで礼拝堂には入れないようです。ションボリーヌ。

仕方ないのでネットで写真を拾います・・

クリュニー美術館 礼拝堂 天井

こちらが礼拝堂の中の天井。
フランボワイヤン様式(flamboyant)というらしい。「炎が燃え上がるような」装飾と曲線を持つゴシック様式の1つとのことです。

そして、

クリュニー美術館 3匹の兎 Three Hares

こちらが目的だった「Three Hares(3羽の野兎)」です。
3柱の兎が互いの耳を共有するように、配置されています。

Three Hares実はこの「Three Hares」の文様は、ヨーロッパから中東、中国の敦煌に至るまで分布をしている世界規模の「神兎」で、教会などに配されている文様です。発祥はおそらく中国で、それがシルクロードに沿って西に広まっていったと考えられています。特に多く見られるのがイギリスのデボン(Devon)地域。いつか訪れて見たい場所ですね。

「Three Hares」については、またまとめたいと思います。

クリュニー美術館クリュニー美術館

閉ざされてしまっている礼拝堂の方の入り口。周囲には見事な石の彫刻がされています。

クリュニー美術館クリュニー美術館

動物と実がなった植物の装飾。こちらもかなり古いものですね。
なかなかフランスは遠いのですが、改装工事が完了後に是非また訪れたいと思います。

お土産買いましょう

ミュージアムショップには、貴婦人と一角獣の兎を使ったお土産がいくつかありました。
クリュニー美術館 ミュージアムショップ

兎を使った財布、小物入れなどなど。

クリュニー美術館 ミュージアムショップ

オーナメント的なもの。

クリュニー美術館 ミュージアムショップ

イヤリングやペンダント。

クリュニー美術館 ミュージアムショップ

こちらはブローチ。お買い得です。

クリュニー美術館 ミュージアムショップ

兎だけを切り出したポストカードもありました。Three Haresがあると良かったのですが・・・また、次回訪れたときに楽しみにしたいと思います。

(参拝:2018年11月)


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